ITの申し子はこうして生まれた!Google創設者【ラリーペイジ】を深堀調査!

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今回はベトナムから少し離れ、わたしの興味でブログを書いていきたいと思います。

現在わたしはIT業界の営業をしていることから、様々なジャンルの話題について『ググる』機会が多くなりました。ん?待てよ?『ググる』。そもそも『ググる』って言葉の由来である『Google』って誰が作ったの??そんなことも知らなかったのでいろいろと深堀してみた結果、とてつもないバケモノでしたのでご紹介していきます。

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『Google』って誰が作ったの?

Googleは、1998年9月27日。当時スタンフォード大学の博士課程に在籍していた『ラリー・ペイジ』『セルゲイ・ブリン』によって創業された会社です。いまや全世界でググられ続けている『Google』ですが、実は大学生ふたりによって作られたのは驚きですよね。Google創設当時なんと25才!!(バケモンかよ・・・)

ITの天才ラリーによって作られた『Google』

生まれ

Googleの創設者の『ラリー・ペイジ』彼はまさに、生まれるべくして生まれた『ITの申し子』でした・・・

ラリーは、1973年3月26日にアメリカ合衆国ミシガン州ランシングで、父『カール・ビクター』、母『グロリア』の間に生まれた。父(カール)は人工知能の教授を務め、母(グロリア)はデータベールのコンサルティングとプログラミング講師・・・まさに、これからのIT業界を担うために生まれてきたと言っても過言ではありません。(わたしの好きなサッカーで例えると、中田英寿と澤穂希の子供みたいな感じです。)

幼少期

ITの申し子は、なんと当時出たばかりのパソコンをわずか5歳触れ始めます。(やば。)そして6歳で好きな絵本を読みながら、パソコンを使って文字入力を始めます。(6歳って・・・)小学生になると、当時出たばかりのプリンターを駆使し始めます。学校の宿題の解答欄を、文字・数字を打ち込んでプリンターで出力し提出。教師達を唖然とさせた。その後、12歳になったラリーは、二コラ・テスラの本で感銘を受け、初めて涙します。【ニコラ・テスラとは、エジソンが直流電流を普及させたのに対し、初めて交流電流を世界に広げた天才。しかし彼は、発明の天才でありながら、商売の才能がなく、エジソンばかりが脚光を浴び続けます。テスラはその後、借金を抱え、孤独に息を引き取った、悲劇のヒロインである。】この本を読み、ラリーは『素晴らしいアイディアがあっても、商売知識がないと物が売れない。』ということに、わずか12歳で気づきます。(はい天才ですね。)

運命の出会い

ラリーはその後スタンフォード大学に入学し、後のGoogle共同創設者である『セルゲイ・ブリン』と初めて出会います。当時のラリーとブリンは仲があまり良くなかったものの『膨大なデータの集合から情報を検索するシステムを作る』という共通認識から、互いに意見を交わすようになり、仲良くなっていったとのこと。

当時の検索エンジン

1990年代初めの検索エンジンは、ウェブページに表示される単語の回数によってランク付けをされていたという。例えば『リンゴ』というキーワードについて検索する場合、一つの記事に『リンゴ』が多く書かれていた記事を検索でヒットさせるイメージだ。ただこれは、ブログの質が低くても、多くの単語が含まれている記事が検索上位に引っかかるため、非常に質が悪かった。

Googleのルーツ

当時の検索エンジンの質の悪さについて研究していたラリーとブリンは、1996年1月、質の高い記事を検索上位に表示させるため、引用に多く用いられている記事を検索ランク上位に表示させることを思いついた。これは、論文から得た知識をそのまま検索エンジンに反映したのである。これが後の『Google』である。

Googleの名前の由来

Googleとは、ラリーが『膨大なデータに誰もがアクセスできるように』という意味から、10の100乗の単位である『googol』から取ったのだという。その際ラリーの『googol』の単位をスペルミスで『google』と記載したのが名前の由来である。

Googleを使ってもらうための戦略

ラリーは、すごい発明をしても商売ができなければ意味がないことを12歳で学んでいた。このため、ラリーは売れる方法を考え『アフェリエイト戦略』を思いつく。これは、各サイトに対して、Googleの検索ボックスを設置し、そのボックスからユーザが他の検索ワードを入力すると、Googleを使ったと認識され、その広告主に対し、一部報酬を支払う仕組みだ。この戦略でGoogleは、他社の検索エンジンを追い越し、創設わずか2年。わずか27歳で『世界一の検索エンジン』となったのである。

大きな壁が出現

その後、Googleはアフェリエイト戦略で瞬く間に世界企業へとなった。しかし、ここで大きな壁にぶつかる。ラリーが28歳になったタイミングで、Googleに対して多額の出資する企業が現れた。しかし、これらの企業から『出資したいのだが、Googleのトップは何歳だ?』という声があがった。当時のラリーの年齢は、IT業界成功者の中でもダントツで若い28歳。その後『若者に出資するのは不安』という意見があがり、各社はGoogleへの出資に対し『ラリーが代表の座から降りること』を条件にしたのだ。ここで、当時経営のプロでもあり、ラリーとも仲が良かった『エリック・シュミット』に代表の座を譲渡したのである。

壁を乗り越え一気に飛躍

28歳にして代表の座をシュミットに渡したラリーだが、ここからGoogleは益々加速していく。多額の出資を得た『Google』と、経営を離れた天才アイデアマンの『ラリー』は、Googleが今までに得た莫大な情報量と多額の資金を駆使し、『Gmail』『Google MAP』『Google Earth』『android買収』『Youtube買収』など、飛躍的な成長をするのである。

現在

新たなビジネスを展開し、大手企業を買収しまくったラリーは、出資者から『これからのIT業界を担う年齢と経験に値する』とのことで、再び38歳でGoogleのCEOに返り咲きをしている。現在、42歳の天才ラリーは『まだ叶えたい夢がある』と豪語している。今後も『Google』と『ラリー』の動きにはこの先も目が離せません。

 


かい

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ブログの管理人【かい】と申します。
ベトナムへ転職するに当たって、実際の出来事や困ったこと等を随時載せております!また、ベトナム以外の国の記事も投稿する予定なので、合わせてご覧ください!

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